中村栄美子さん

中村さんの集めた昔話集

携帯電話でも民話が聞けますよ(ブログ)

[2017年5月]


  5月、春の日差しに思わず深呼吸。嬉しくなって、山歩きがしたくなります。
ゼンマイ、コゴミ、ワラビ、等山は山菜で賑やかになります。
  土の上を歩いて新緑につつまれた野山をみていると何故か、やさしい気持ちになります。
  そして何かいい事が待ち受けているような気がして心が弾みます。


   心の弾む5月のむかーしむかしのお話は、「船賃の名号」と「風波の盗賊」というお話です。


  • 「船賃の名号」

        1207年親鸞聖人は「流罪+専修念仏の禁止」が言い渡されます。
      後鳥羽上皇が、熊野参詣の留守中に弟子の安楽房と往蓮房が開いた念仏集会に御所の女房が参加したことに後鳥羽上皇 が激怒。   「念仏を唱えてはならん」と四人の僧を死罪としました。実はこの内の二人の僧、安楽房と往蓮房はイケメン僧侶でアイドル並みの人気の坊さんだったそうです。上皇が留守のことをよいことに女房達は御所にイケメン坊さん を招き入れます。   女房の鈴虫と松虫は上皇のお気に入り器量よし。イケメン坊さんと美女の鈴虫と松虫は 仏事の最中、灯りを消して二人のイケメン坊さんと何かあったらしいというのです。
        後鳥羽上皇は留守中の出来事にカンカンに怒り二人のイケメン坊さんともう二人の坊さんにも死罪を言い渡しました。
        そのあおりをくったのが法然と親鸞だったのです。法然は土佐へ親鸞は越後国府へと流されます。 船賃の名号はその旅の途中の逸話です。

        さあ、お話を聞いてください。

  • 「風波の盗賊」
         親不知は新潟県の西に位置します。飛騨山脈が海に落ち込み、崖が連なっています。 崖の高さは300〜400mもあり、下をみおろすと昔の海辺の道が見えます。   昔歩いた北陸街道の海辺の道は波に侵食され、所々海になっています。
        ここを通行する人はこの道しかなく波の高い荒れた日は波間を見計らって岩穴から次の岩穴へと進みました。
      親不知は4世代の道が走っています。

      1. 海辺の道
      2. 明治16年断崖を削った北陸街道  住民はこの道の完成を喜び岩上に 「如砥如矢」(とのごとくやのごとし)と刻む。  砥石のように平で矢のように真っ直ぐな道ができたと大喜びでした。
      3. 昭和63年7月20日 北陸自動車道開通。用地の問題から親不知インターあたりを海上高架橋により通過。
      4. 平成27年開通の北陸新幹線。

      ということで4世代の道をみることができます。
        今でこそ4世代道路のある親不知ですがその昔は天下の難所で悲しい逸話の沢山残る所です。
        風波の盗賊は親が自分の子を殺してしまうという残酷な悲しいお話です。


         さあ、 風波の盗賊の話、聞いて下さい。

◆5月1日〜15日
「船賃の名号」
◆5月16日〜31日
「風波の盗賊」

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