中村栄美子さん

中村さんの集めた昔話集

携帯電話でも民話が聞けますよ(ブログ)

[2018年7月]


  7月は夏真っ盛り、日射しが強くて出している肌が黒く日焼けしてしまいます。 日焼けしてしまうと肌はなかなか白くなりません。
男性はともかく女性は日焼けは「何とかして防ぎたい」肌を露出しないで長袖にしたり、 日焼け止めを塗ったり、帽子をかぶったり、日傘をさしたり、気を使います。
  1年の内で1番暑い季節だから日焼けも仕方ないのかも知れませんね。

   さあ、今月の「むかーしむかし」のお話は 「波よけ観音」と「上刈りみかん」のお話です。


  • 「波よけ観音」

        「親不知」全国の地名で返り点のつく地名は珍しいと思います。親不知というと先ず思い浮かぶのが天下の剣、難所で 有名ですね。
        北陸街道という立派な名のついた道なんですが、親不知は波間の道が街道だったのです。
      波の静かな日は何の用心もせず繰り返す波の情影に心地よさを感じ、海原の静かなたたずまいに 感動して歩いたにちがいありません。
        ところが悪天候となり、風が"ゴーーーーゥ"と吹き、高波がうねって海辺に押し寄せ、道を急ぐ人々は波の 合間を見計らって岩穴へと走ります。
        そんな道を懐に赤子を入れた女性が通り抜けようとします。 高い波に足をとられ、懐の赤子が波にさらわれてしまいます。女は泣きながら観音経を読み"わが子を返して下され"と念じます。

      さあ、どうなったでしょう!

         さあ、お話を聞いてください。


  • 「上刈りみかん」

         昔から糸魚川に北限のみかんといわれる上刈りみかんの木がありました。
        小さくってすっぱくて種がいっぱいある上刈りみかんはかつて1000本もあって、おっ母さ達の冬稼ぎとして売られました。
        小さくってすっぱくて種がいっぱいある上刈りみかんは縁起がいいと珍重され、お正月の鏡餅の上に必ずのせられました。
      種がいっぱいある所がよかったのです。種がいっぱいあるので「お金が貯まる。子宝に恵まれる」とかけて、上刈りみかんを   縁起物として珍重したのです。

        かつて1000本もあった上刈りみかんは原木が現在3本しかありません。
        大正2年北陸線が開通し、静岡や和歌山から大きくって甘い温州みかんが木箱に入って市場で売られるようになり、小さくって すっぱくて種のある上刈りみかんは急速にすたれて行きました。そして上刈りみかんは冬場のまがけというわらを木にまいて雪害 から守る作業が大変でみかんを作る人達からも敬遠されて行ったのです。

      上刈りみかんはかつて本町通りの雁木の下で売られました。むしろを敷いて座り「上刈りみかんいらんかね」「上刈りみかんかってくんない」 と声をかけ一升枡で計って得る光景は糸魚川の風物詩といわれました。


        さて、上刈りみかんのお話聞いて下さい。

◆7月1日〜15日
「波よけ観音」
◆7月16日〜31日
「上刈りみかん」

昔話の話を聞くにはメディアプレイヤーが必要です。
インストールされていない場合は今すぐロゴをクリック!!

こちらから

BACKNUMBER